ふ とうこう
2018年 03月 23日
「登校」の反対は「不登校」。
誰かのお家で 学校に行かなくなってと聴くと
そうですか そんなこともありますよね
でもきっと大丈夫。
そう思って口にしたことがあったかもしれない。
我が子がそうなったとき
親身になってそういってくれる方もいる
そのとおり なのかもしれないのだけれど
親もまた 初めてのことだと
おっと 何が起きたんだと
うろたえて そこから試行錯誤が始まる。
本当に始まる。
でも ありがたいことに
そのなかから親もまた探し始める
自分は何を大切にしたいのだろう
それは世の中の常識といわれるところの話ではなく
学校が親身になっておっしゃってくださることを聞きながらも
まずは正直なところの自分にとって
それから 目の前にいるこの人に親として これだけは譲れないと思うことは何なんだろう
自分の価値観とは違う世界に生きようとしているのかもしれないし
そんな中から この人は何を芽生えようとしているのか
少しづつ毎日に大きくなる成長の中で 何を必要としてるんだろう
いろんなことは未知の世界で
不安がないと言えばうそになるのだけれど
「登校」の反対は「不登校」
その言葉に「行けない」のニュアンスを感じそうになってしまうときもあるけど
そうではなくて
ただいま 寝太郎中でございまして と
ときには笑ってしまったほうが肩の力が抜けることもあったりして。
気もちを言葉にするってとってもむつかしいこと。
選択肢もいろいろあるけれど
それが 腑に落ちていくのにもそれぞれのペースがあるかもしれない。
すぐにできる子もいれば やっぱり不器用にでこぼこ生きる子もいたり。
こどもたち
いっぱい道草食って
いいんじゃないかな。
と、今日は思う。
by yuju30
| 2018-03-23 23:03