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朗読 言語造形

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八重桜も この辺りは満開で
季節の手仕事 桜の花の塩漬けも 今漬け込んでいる最中です。
今日は 今までお世話になった方にお知らせと近況報告です。
以下ずいぶん長くなりますので 
ご興味のない方は この辺りでひきかえすことをおすすめしたいのですが
つづけますね。

「菓子ゆうじゅ」というお菓子の活動に始まって、 絵や、言葉。 食べる絵。
いろんな方法で 
自分が生きていることと そして出会っていく人や ほかの人とつながりたいと
その方法をさがしてきました。
20(はたち)を過ぎたころから模索して やってみて うまくいかないこともたくさんで 
それでもまたやってみて。
20代はバックパックを背負って 旅ばかりしていましたが 
同じように、自分自身も行く先のみえない道をずっと旅の中を歩いてきました。
ひょんなことから 言語造形という 朗読、に出会い
うまく言えませんが 今までは話をしたいのに自分の話せる言葉がわからなくて
思っていることを伝えたいと 絵をかいたり 言葉を書いたりしていたのが
 初めて自分の母国語を話せた、声にだして話せることができた

そんな気持ちになりました。
それも 言語造形に出会って3年が過ぎて、ようやく、突然突破口が開いたような感じです。

いつだって 誰かに聞いてほしい言葉がいっぱいあったのですが 
どうやって伝えたらよいのかわかりませんでした。
通信 「てがみ」もそのひとつで、日々の中で感じた事を誰かに話したくて、聞いてほしくて
体裁構わず毎月書き続けて15年が過ぎました。

子供のころ 4年生から高校3年生まで 大阪にある児童合唱団にいました。
沢山の大人のプロの方と同じ舞台に立たせてもらったり、演奏旅行で海外に行ったり、
貴重な体験を沢山させてもらいましたが、そのぶん
練習も厳しくて、お盆とお正月以外は 夏休みも冬休みも土日も全部練習三昧でした。
そして おかしなことにそれだけ 夢中になっていたにもかかわらず
合唱団にいたことは、私の中では絶対に人に知られてはいけない秘密でした。
格好が悪いと思っていたのです。 
音楽の授業でみんなの前で歌わされたりしたら絶対に嫌だとか 
真似でもされたら もう学校に行きたくなんかありません。 
絶対の絶対のひみつで 毎年担任の先生に 学校を早退することもありますから 
クラスではいわないで下さいと確認したのです。
でも 唄のなかでわたしは自由でした。
特別うまくはなかったけれど 響きの中にいること 音の中で言葉が自由にひびいていくこと
ほんとうにたのしかったのです。

おとなになっても 合唱団のことを振り返りたいと思ったことがありませんでした。
ところがです。 言語造形のお稽古に大阪に通い 北海道にも集中講座を受けに行ったりする中で
どうも同じことをしているような、 以前に似たことをしていたことがあるような不思議な感覚がよみがえり、
「詩は唄」なのだと。
言葉を 音として 自分の声でうたうのだという先生の言葉を聞いたときに 
絡まっていた糸がほどけたような気がしたのです。

もう 子供の頃歌っていた時と同じ声でうたうことはできません。
でも 言葉をうたうように 言語造形という朗読をしていきたいと思っています。
ゆうじゅとしての活動は これからもつづけていきますし
すべて たどってきた寄り道の多い道のりの中で
ふくよかに 活動を広げてゆけたらと思っています。

そして、朗読、言語造形の活動は 
もっともっと裸足のような 
娘が生まれてまるっとわたしもはだかんぼうにもどるような
そんな気持ちで 南ゆうことして活動してゆこうと思っています。

明日は 古事記より 「天地のはじめ」 伊弉諾と伊弉冉のくにづくり(イザナギとイザナミ)の
お話の発表があります。

このお話にとりくむきっかけとなった 冒頭部分。
もしお時間ありましたら お目通しください。
こんごともどうぞよろしくおねがいします。

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昔々の人たちは
自分たちが今、ここにこうして生きているのはなぜだろう、
と考えました。
じぶんたちは、どこから来たのだろう、と考えました。

どうして昼は明るいのに、夜は暗いのだろう、
なぜ風は吹くのだろう
なぜ海は荒れるのだろう、と考えました。

人間はなぜ生まれるのだろう、
なぜ死ぬのだろう、
死んだらどこへ行くのだろう。
それも、わかりませんでした。

そして、 昔むかしの人たちは、
自分たちにはわからないこれらのことはすべて、
神さまたちがなさったことなのだ、と考えたのです。
そのお話が、親から子へと語りつがれていきました。
それが、「神話」です。

では、神話の最初のお話しから はじめましょう。

(子どもに語る 日本の神話より 天地のはじめにつづく)
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by yuju30 | 2016-04-28 10:03 | Comments(0)

ぶ 

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むっちゃんが
わたしの背中で 

ちいさく 



おならをしました

その瞬間
むっちゃんのおなかにぎゅっとちからがはいりました
おなかのひっついた背中が感じました

生きてる

そのあと
わたしのおなかが

ぐ~う となりました。

わたしも生きてる
と思いました。
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by yuju30 | 2016-04-16 06:33 | Comments(0)

レターセット

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春は もうそれだけでうれしい。
桜が咲きだしたら 気持ちも動く

何もなかった庭も いろんな草が元気に生える。
冬の静けさも好きなのだけれど
春は気持ちが ぴょんぴょんぴょん。

春になってレターセット 小さい手紙一筆箋 納品しました。
嬉しい気持ちを小さいお手紙に書いてみると 届いた人もきっとうれしい  ですか?
小さい手紙 一筆箋は少しの言葉で大丈夫。きっと肩も凝りません。
手紙は たのしい。

浮雲書店 
アトリエエトセトラ
生活雑貨 いちねん草
雑貨 calme
FIELD NOTE

写真は浮雲書店さんより。

毎月の通信 「てがみ」も、発送準備中です。
どこかで手に取ってもらえますように。

よい春をお迎えください。



















 
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by yuju30 | 2016-04-02 07:48 | Comments(0)

おひなさん

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3月3日 初節句を終えた後も
うちの居間には おひなさん

小さいひな壇をこしらえて

こどもの頃からよく見慣れた
わたしたち姉妹のおひなさん

娘が生まれて
初めてのお雛祭り

世の中の雛人形を初めて意識した時に
うちの雛人形が 木目込みで、小さいことを初めて知った。
何度もなんども よその雛人形を見る機会はあって、見てきたはずなのに
意識しないってそういうことと知りました。
大人みたいな顔をして 
すらりと細く背の高い雛人形がお店にもよそ様のおうちに並んでいたなんて
知らなかった。
という自分に驚く。
意識せずに見るって そういうことかと。

ずっと 何十年見てきたうちのお雛さんを改めて手に取ってみると
着物にはちいさな虫食いの穴
髪の毛は もう飛び跳ねて まるで寝癖
その姿に少し自分を重ねるような気持と 
時間を感じて
うちの居間に ちいさい木目込みの良く見慣れたおひなさん。


陸とタクシードライバーのような白い手袋をして
丁寧すぎる 大袈裟 確かにやりすぎかと可笑しく思いながら
大事に大事に 3月半ばようやく箱にしまいました。


娘を見守ってねと思います。
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by yuju30 | 2016-04-02 07:10 | Comments(0)