<   2015年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

月便り 「てがみ」

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今月の 月便り「てがみ」発送を終えました。    またどこかで 手に取っていただけますように。

 手で描いて 書いて 手紙として送る。
 これもまた 手のはたらき。  ですね。




今月の「将来の夢」を書いてくださったのは
松山市で古本屋「浮雲書店」を営む 武井裕章さんです。
 ありがとうございます。













手に取っていただけるところ
  

長 野  ルヴァン信州上田店(上田市)
埼 玉  tenori (川越市)
東 京  ルヴァン富ヶ谷店(渋谷区)  
滋 賀  ボーダレスアートミュージアム NO-MA (近江八幡市)  
      mamma mia (甲賀市)
三 重  子どもの本の専門店メリーゴーランド(四日市市)
      月の庭(亀山市)  そば けいた(名張市)  月の温(四日市市)
奈 良  くるみの木(奈良市)      マジックマレット(桜井市)
      Milleturu (大和郡山市)  天然酵母パン樸木(生駒郡)
大 阪  ミリバール(西区)        ひよこ珈琲(八尾市) 
京 都  ホホホ座 (左京区)      喫茶六曜社珈琲店(中京区)
      nowaki (左京区)       arabon(南山城村)
愛 媛  浮雲書店(松山市)
沖 縄  地母屋(石垣市)

店内で読んでいただけるお店
鹿児島  Bakery Cafe Chanaan カナン(姶良郡姶良町)
三 重  そば、けいた(名張市)



さてさて   いつうまれてくるのかな
ただいま  ちいさい彼女はさいごの準備運動にいそしみ中   かな
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by yuju30 | 2015-07-27 06:18 | 月便り | Comments(0)

夏の朗読会「原っぱ」

  
 夏の朗読会が終わりました。
 奈良の静かな住宅街の中に佇む「日+月+星」。
 http://sun-moon-star.jp/
 一見普通のおうちのように見えますが、 
 足を踏み入れるとそこは静かな、ねころがってもよい教会のようなところです。

 今回は遠方からもお客様が来てくださったり
 本当にありがとうございました。
 
 朗読会の前の 「余白の時間」では、石田理恵さんが来てくださってお茶を担当してくださいました。
 今回のためにお話を重ねて 夏の原っぱの緑、木漏れ日や 風や 雲やそういった
 とても繊細な言葉や イメージからお茶のブレンドや香りをつくられています。
 今回販売されていた 「夏の木漏れ日」という香りも ライムやレモンのなかに 樹や葉の香りも感じられるさわやかなものでした。

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   言葉 ことのは
   人の心を種として 「葉」のように、広がり生い茂るものという考えから、この漢字があてられたのだという説もあるようです。

   場所の持つ力と 聴きに来てくださった方々の落ち着いた息遣いの中で、
   言葉自体の持つ力 そして その言葉が体を通した音となって 自分自身にも、人のこころとからだにも響いていくような時間でした。
   
   
   これからも朗読 言語造形を続けていきたいと思います。
   
   気がつけば 今週末からもう産んでもよい時期が迫っていました。
   そちらの準備に入ります。
   また お会いできますこと心から楽しみにしています。
   これからもどうぞよろしくお願いします。

                                        




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    アメイジング・ツリー/長田弘

    大きな樹があった。樹は、雨の子どもだ。父は日光だった。
    樹は、葉をつけ、花をつけ、実をつけた。
    樹上には空が、樹下には静かな影があった。
    樹は、話すことができた。話せるのは
    沈黙のことばだ。そのことばは、太い幹と、春秋でできていて、無数の小枝と、星霜でできていた。
    樹はどこへもゆかない。どんな時代もそこにいる。

    そこに樹があれば、そこに水があり、笑い声と、あたたかな闇がある。
    突風が走ってきて、去っていった。
    綿雲がちかづいてきて、去っていった。
    夕日が樹に、矢のように突き刺さった。
    鳥たちがかえってくると、夜が深くなった。
    そして朝、一日が永遠のようにはじまるのだ。
    象と水牛がやってきて、去っていった。
    悲しい人たちがやってきて、去っていった。
    
    この世で、人はほんの短い時間を、土の上で過ごすだけにすぎない。
    仕事をして、愛して、眠って、
    ひょいと、ある日、姿を消すのだ。
    人は、おおきな樹のなかに。












































   
 

 
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by yuju30 | 2015-07-20 07:29 | Comments(0)

k-ship 10th Anniversaly

   昨日と今日の二日間 
   大阪 八尾市の街にある小さな雑貨屋K-shipさんで
   
   「k-ship 10th Anniversaly」というイベントがおこなわれています。
   5名の「10」 にまつわる作品と ご近所のお店では今回のための特別のメニューがあるそうです。
   k-shipさんは、ほんとに小さいお店ですが 
   この小さいお店に たくさんの方が集まってこられます。
   
   いつも丹羽さんが 明るく迎えてくださって 
    そして みんなを元気に楽しいほうへと旗を持ってすすんでくれるような
   そんなお店です。

   今回は、わたしはお店には伺えませんが 
   きっと今日もk-shipさんに たくさんの方が駆けつけて
   ご近所のお店も賑わっているんだろうなと 名張から背伸びして、手を振ってみようと思います。

    http://kship.web.fc2.com/
  
















































 
    
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by yuju30 | 2015-07-20 06:06 | Comments(0)

「見よぼくら一銭五厘の旗」 花森安治

「見よぼくら一銭五厘の旗」 花森安治

美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に会うことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように 透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような 香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物も つけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼け跡をとおして 一面にちりばめられていた
昭和20年8月15日
あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた
 
どの夜も 着のみ着のままで眠った
枕許には 靴と 雑のうと 防空頭巾を並べておいた
靴は 底がへって 雨がふると水がしみこんだが ほかに靴はなかった
雑のうの中には すこしのいり豆と
三角巾とヨードチンキが入っていた
夜が明けると 靴をはいて 雑のうを 肩からかけて 出かけた
そのうち 電車も汽車も 動かなくなった
何時間も歩いて 職場へいった
そして また何時間も歩いて 家に帰ってきた
家に近づくと くじびきのくじをひらくときのように すこし心がさわいだ
召集令状が 来ている
でなければ
その夜 家が空襲で焼ける
どちらでもなく また夜が明けると
また何時間も歩いて 職場へいった
死ぬような気はしなかった
しかし いつまで生きるのか 見当はつかなかった
確実に夜が明け 確実に日が沈んだ
じぶんの生涯のなかで いつか
戦争が終るかもしれない などとは 夢にも考えなかった
 
その戦争が すんだ
戦争がない ということは
それは ほんのちょっとしたことだった
たとえば 夜になると 電灯のスイッチをひねる ということだった
たとえば ねるときには ねまきに着かえて眠るということだった
生きるということは 生きて暮すということは そんなことだったのだ
戦争には敗けた しかし 戦争のないことは すばらしかった
 
軍隊というところは ものごとを おそろしく はっきりさせるところだ
星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が 突如として どなった
貴様らの代りは 一銭五厘で来る
軍馬は そうはいかんぞ
聞いたとたん あっ気にとられた
しばらくして むらむらと腹が立った
そのころ 葉書は一銭五厘だった
兵隊は 一銭五厘の葉書で いくらでも召集できる という意味だった
(じっさいには一銭五厘もかからなかったが……)
しかし いくら腹が立っても どうすることもできなかった
そうか ぼくらは一銭五厘か
そうだったのか
〈草莽(そうもう)の臣〉
〈陛下の赤子(せきし)〉
〈醜(しこ)の御楯(みたて)〉
つまりは
〈一銭五厘〉
ということだったのか
そういえば どなっている軍曹も 一銭五厘なのだ 
一銭五厘が 一銭五厘をどなったり なぐったりしている
もちろん この一銭五厘は この軍曹の発明ではない
軍隊というところは 北海道の部隊も
鹿児島の部隊も おなじ冗談を おなじアクセントで 言い合っているところだ
星二つの一等兵になって前線へ送りだされたら 
着いたその日に 聞かされたのが きさまら一銭五厘 だった
陸軍病院へ入ったら こんどは各国おくになまりの一銭五厘を聞かされた
 
考えてみれば すこしまえまで
貴様ら虫けらめ だった
寄らしむべし知らしむべからず だった
しぼれば しぼるほど出る だった
明治ご一新になって それがそう簡単に変わるわけはなかった
大正になったからといって それがそう簡単に変わるわけはなかった
富山の一銭五厘の女房どもが むしろ旗を立てて 米騒動に火をつけ 
神戸の川崎造船所の一銭五厘が同盟罷業をやって
馬に乗った一銭五厘のサーベルに蹴散らされた
昭和になった
だからといって それがそう簡単に変わるわけはないだろう
満洲事変 支那事変 大東亜戦争
貴様らの代りは 一銭五厘で来るぞ とどなられながら 
一銭五厘は戦場をくたくたになって歩いた へとへとになって眠った
一銭五厘は 死んだ
一銭五厘は けがをした 片わになった
一銭五厘を べつの名で言ってみようか
<庶民>
ぼくらだ 君らだ
 
あの八月十五日から
数週間 数カ月 数年
ぼくらは いつも腹をへらしながら
栄養失調で 道傍でもどこでも すぐにしゃがみこみ 坐りこみながら
買い出し列車にぶらさがりながら
頭のほうは まるで熱に浮かされたように 上ずって 昂奮していた
 
戦争は もうすんだのだ
もう ぼくらの生きているあいだには
戦争はないだろう
ぼくらは もう二度と召集されることはないだろう
敗けた日本は どうなるのだろう
どうなるのかしらないが
敗けて よかった
あのまま 敗けないで 戦争がつづいていたら
ぼくらは 死ぬまで
戦死するか
空襲で焼け死ぬか
飢えて死ぬか
とにかく死ぬまで 貴様らの代りは一銭五厘でくる とどなられて 
おどおどと暮していなければならなかった
敗けてよかった
それとも あれは幻覚だったのか
ぼくらにとって
日本にとって
あれは 幻覚の時代だったのか
あの数週間 あの数カ月 あの数年
おまわりさんは にこにこして ぼくらを もしもし ちょっと といった
あなたはね といった
ぼくらは 主人で おまわりさんは家来だった
役所へゆくと みんな にこにこ笑って
かしこまりました 
なんとかしましょうといった
申し訳ありません だめでしたといった
ぼくらが主人で 役所は ぼくらの家来だった
焼け跡のガラクタの上に ふわりふわり と 七色の雲が たなびいていた
これからは 文化国家になります と
総理大臣も にこにこ笑っていた
文化国家としては まず国立劇場の立派なのを建てることです と 大臣も にこにこ笑っていた
電車は 窓ガラスの代りに ベニヤ板を打ちつけて 走っていた
ぼくらは ベニヤ板がないから 窓にはいろんな紙を何枚も貼り合せた
ぼくらは主人で 大臣は ぼくらの家来だった
そういえば なるほどあれは幻覚だった
主人が まだ壕舎に住んでいたのに
家来たちは 大きな顔をして キャバレーで遊んでいた
 
いま 日本中いたるところの 倉庫や物置きや ロッカーや 土蔵や
押入れや トランクや 金庫や 行李の隅っこのほうに
ねじまがって すりへり 凹み 欠け おしつぶされ ひびが入り 錆びついた
〈主権在民〉とか〈民主々義〉といった言葉のかけらが
割れたフラフープや 手のとれただっこちゃんなどといっしょに つっこまれたきりになっているはずだ
(過ぎ去りし かの幻覚の日の おもい出よ)
いつのまにか 気がついてみると
おまわりさんは 笑顔を見せなくなっている
おいおい とぼくらを呼び
おいこら 貴様 とどなっている
役所へゆくと みんな むつかしい顔をして いったい何の用かね といい
そんなことを ここへ言いにきてもダメじゃないか と そっぽをむく
そういえば 内閣総理大臣閣下のにこやかな笑顔を 
最後に見たのは あれは いつだったろう
もう〈文化国家〉などと たわけたことはいわなくなった
(たぶん 国立劇場ができたからかもしれない)
そのかわり 高度成長とか 大国とかGNPとか 1
そんな言葉を やたらにまきちらしている
物価が上って 困ります といえば
その代り 賃金も上っているではないかといい (まったくだ)
住宅で苦しんでいます といえば
愛し合っていたら 四帖半も天国だ といい (まったくだ)
自衛隊は どんどん大きくなっているみたいで 気になりますといえば
みずから国をまもる気慨を持て という (まったく かな)

どうして こんなことになったのだろう
政治がわるいのか
社会がわるいのか
マスコミがわるいのか
文部省がわるいのか
駅の改札掛がわるいのか
テレビのCMがわるいのか
となりのおっさんがわるいのか
もしも それだったら どんなに気がらくだろう
政治や社会やマスコミや文部省や駅の改札掛やテレビのCMや
となりのおっさんたちに
トンガリ帽子をかぶせ トラックにのせて 町中ひっぱりまわせば
それで気がすむというものだ
それが じっさいは どうやら そうでないから 困るのだ
 
書く手もにぶるが わるいのは あのチョンマゲの野郎だ
あの野郎が ぼくの心に住んでいるのだ(水虫みたいな奴だ)
おまわりさんが おいこら といったとき 
おいこら とは誰に向っていっているのだ といえばよかったのだ
それを 心の中のチョンマゲ野郎がしきりに袖をひいて 目くばせする
(そんなことをいうと 損するぜ)

役人が そんなこといったってダメだといったとき 
お前の月給は 誰が払っているのだ といえばよかったのだ
それを 心の中のチョンマゲ野郎が
目くばせして とめたのだ
あれは 戦車じゃない 特車じゃ と
葉巻をくわえた総理大臣がいったとき
ほんとは あのとき
家来の分際で 主人をバカにするな といえばよかったのだ
ほんとは 言いたかった
それを チョンマゲ野郎が よせよせと とめたのだ
そして いまごろになって
あれは 幻覚だったのか
どうして こんなことになったのか
などと 白ばくれているのだ
ザマはない

おやじも おふくろも
じいさんも ばあさんも
ひいじいさんも ひいばあさんも
そのまたじいさんも ばあさんも
先祖代々 きさまら 土ン百姓といわれ
きさまら 町人の分際で といわれ
きさまら おなごは黙っておれといわれ
きさまら 虫けら同然だ といわれ
きさまらの代りは 一銭五厘で来る と
いわれて はいつくばって暮してきた
それが 戦争で ひどい目に合ったからといって 
戦争にまけたからといって そう変わるわけはなかったのだ

交番へ道をききに入るとき どういうわけか おどおどしてしまう
税務署へいくとき 税金を払うのはこっちだから 
もっと愛想よくしたらどうだといいたいのに どういうわけか 
おどおどして ハイ そうですか そうでしたね などと おどおどお世辞わらいをしてしまう
タクシーにのると どういうわけか 運転手の機嫌をとり
ラーメン屋に入ると どういうわけか おねえちゃんに お世辞をいう
みんな 先祖代々
心に住みついたチョンマゲ野郎の仕業なのだ
言いわけをしているのではない
どうやら また ひょっとしたら
新しい幻覚の時代が はじまっている
公害さわぎだ
こんどこそは このチョンマゲ野郎を
のさばらせるわけにはいかないのだ
こんどこそ ぼくら どうしても
言いたいことを はっきり言うのだ
 
工場の廃液なら 水俣病からでも もう ずいぶんの年月になる
ヘドロだって いまに始まったことではない
自動車の排気ガスなど むしろ耳にタコができるくらい 聞かされた
それが まるで 足下に火がついたみたいに 突如として さわぎ出した
ぼくらとしては アレヨアレヨだ
まさか 光化学スモッグで 女学生バッタバッタ にびっくり仰天したわけでもあるまいが 
それなら一体 これは どういうわけだ

けっきょくは 幻覚の時代だったが
あの八月十五日からの 数週間 数カ月数年は ぼくら心底からうれしかった
(それがチョンマゲ根性のためにもとのモクアミになってしまったが)
それにくらべて こんどの公害さわぎは
なんだか様子がちがう
どうも スッキリしない
政府が本気なら どうして 自動車の生産を中止しないのだ
どうして いま動いている自動車の 使用制限をしないのだ
どうして 要りもしない若者に 
あの手この手で クルマを売りつけるのをだまってみているのだ
チクロを作るのをやめさせるのなら
自動車を作るのも やめさせるべきだ
いったい 人間を運ぶのに 自動車ぐらい 効率のわるい道具はない
どうして 自動車に代わる もっと合理的な道具を 開発しないのだ
(政府とかけて 何と解く そば屋の釜と解く 心は言う(湯)ばかり)
 
一証券会社が 倒産しそうになったとき
政府は 全力を上げて これを救済した
ひとりの家族が マンション会社にだまされたとき 政府は眉一つ動かさない
もちろん リクツは どうにでもつくし 考え方だって いく通りもある
しかし 証券会社は救わねばならぬが 一個人がどうなろうとかまわない
という式の考え方では 公害問題を処理できるはずはない
公害をつきつめてゆくと
証券会社どころではない 倒してならない大企業ばかりだからだ
その大企業をどうするのだ
ぼくらは 権利ばかり主張して なすべき義務を果さない
戦後のわるい風習だ とおっしゃる (まったくだ)

しかし 戦前も はるか明治のはじめから 戦後のいまも
必要以上に 横車を押してでも 権利を主張しつづけ 
その反面 なすべき義務を怠りっぱなしで来たのは
大企業と 歴代の政府ではないのか
 
さて ぼくらは もう一度
倉庫や 物置きや 机の引出しの隅から
おしまげられたり ねじれたりして
錆びついている〈民主々義〉を 探しだしてきて 錆びをおとし 部品を集め しっかり 組みたてる
民主々義の〈民〉は 庶民の民だ
ぼくらの暮しを なによりも第一にする ということだ
ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら 企業を倒す ということだ
ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す ということだ
それが ほんとうの〈民主々義〉だ
政府が 本当であろうとなかろうと
今度また ぼくらが うじゃじゃけて 見ているだけだったら
七十年代も また〈幻覚の時代〉になってしまう
そうなったら 今度はもう おしまいだ
 
今度は どんなことがあっても
ぼくらは言う
困まることを はっきり言う
人間が 集まって暮すための ぎりぎりの限界というものがある
ぼくらは 最近それを越えてしまった
それは テレビができた頃からか
新幹線が できた頃からか
電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか
とにかく 限界をこえてしまった
ひとまず その限界まで戻ろう
戻らなければ 人間全体が おしまいだ
企業よ そんなにゼニをもうけて どうしようというのだ
なんのために 生きているのだ
 
今度こそ ぼくらは言う
困まることを 困まるとはっきり言う 葉書だ 七円だ
ぼくらの代りは 一銭五厘のハガキで 来るのだそうだ
よろしい 一銭五厘が今は七円だ
七円のハガキに 困まることをはっきり書いて出す 
何通でも じぶんの言葉ではっきり書く
お仕着せの言葉を 口うつしにくり返して ゾロゾロ歩くのは もうけっこう
ぼくらは 下手でも まずい字でも
じぶんの言葉で 困まります やめて下さい とはっきり書く
七円のハガキに 何通でも書く
 
ぽくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない
ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない
ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布(はぎれ)をつなぎ合せた 暮しの旗だ
ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し台や屋根に立てる
見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ
ぼくら こんどは後(あと)へひかない
 
(8号・第2世紀 昭和45年10月)

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by yuju30 | 2015-07-16 08:11 | Comments(0)

お祝い 5と10

近頃のこと。

ふたつのお祝いが重なりました。
いつもレターセットや 小さい個展でお世話になった埼玉の 雑貨屋tenoriさんの5周年。


こんな作業よくしていたなと思いだして
今日の中身は食べられませんと 積み木を包む。


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こどもの積み木は 
つんでは くずす。
つんでは こわす。

おとなは積み木と どうあそぶ。

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そして k-ship丹羽さんから「10の本」についてのお話を 聴かせてもらったのはずいぶん前のこと。
息子3才の誕生日前日。
誕生日プレゼントどうしようかなあと思い立って
「3さいの3」というかぞえうたみたいな絵本を夜な夜な作りました。
本人。 ぱらりと見た後 のりもの絵本を持ってきて読んで と言ったような言わなかったような。
それをたまたま みてくださった丹羽さんから あの本みたいなもの というお話でしたね。

「10 の本」 10にまつわるエトセトラ 


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ある日 の作業。
ちょきちょき しゃきしゃき。 
なくさぬように 
なにはともあれためらわず。
一辺 一息 
ちょきちょき しゃきしゃき。刻む作業。


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ある日の作業

ことばをえらんで
ことばの流れ
ことばのリズム
終わるまでの あるようなないような 一連のものがたり。

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ある日の作業
白い絵本 汚さぬように。




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なんとか 5冊できました。

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こちらは 7月19日。20日「k-ship 10th Anniversaly」 
K-shipさんで並んでいます。
「3さいの3」 こちらもあわせて ご覧になっていただけます。











ふたつの雑貨屋さんの 節目のときにかかわらせていただきありがとうございます。
これからもずっと。
たくさんの人に愛されるお店でありますように。

tenori HP http://tenori.jp/
K-ship HP  http://kship.web.fc2.com/




さて 今週土曜日は 奈良で、お休み前最後のイベントです。
朗読会もまだ空きがあります。
カフェの詳細も 決まってきました。
またそれは改めて。
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by yuju30 | 2015-07-14 11:45 | Comments(0)

夏の朗読会「原っぱ」

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日時  7月18日(土)     
ところ  日+月+星   奈良市多門町35-2. (近鉄奈良駅徒歩約15分).  お車は近隣の有料Pをご利用ください。

「余白の時間」     open 13:00~15:00(予約不要)
            閑静な住宅街に佇む小さな音楽堂「日+月+星」 のゆったりとした空間を心地よくお過ごしください。
   
            ゆうじゅ 白いロールケーキ と 石田理恵さんが今回のためにご用意してくださった
            「朝摘みハーブ+オーガニックドライハーブの夏向きブレンドティー2種」もしくは
            「朝摘みはっかブレンド紅茶」この日だけのお茶とお菓子のセットをご用意しています。
                            1500円 (+1000円で朗読会にも参加していただけます)

             (当日は香りやハーブティー、詩画集などの販売も予定しています。)

「 朗読会 」     15:30~16:30         
             朗読     ゆうじゅhttp://yuju.exblog.jp/
             夏の夕方、長田弘さんの詩を中心に
              「言葉」に耳を傾ける時間をご一緒できますように 。

             定員10名    参加費1500円
                                                                                                                             
             要予約      ゆうじゅ      yuju30@hotmail.com                
             詳細          日+月+星  









この朗読会をもちまして 少し8月の出産を前に出産育児休みとなります。
今年が終わると 月便りが15年目を迎えます。
たくさんの方に読んでいただきましたこと 心よりお礼申し上げます。

そして 上の子が8才を過ぎ、今年は9歳を迎えます。
ずっと手をつないでいた子も 手を離して大きくなってゆくんだなと思っていたら
また ちいさい人があらたな家族の一員に加わることになりました。

昨年末には 引っ越しもあり、いろいろ大きな小さな変化を迎えながら
毎日の中で できることを。 つくる毎日を。
これからも続けていきたいと思っています。

ひとつの節目に このようなゆったりとした会を大好きな 「日+月+星」 でさせていただきますこと
そして 調香家としても活動されている石田理恵さんが今回のためにお茶をご用意してくださいますことに感謝して。

どうぞ お越しください。


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by yuju30 | 2015-07-03 10:45 | Comments(0)

郵便配達 「封筒」

  

ここのところ 月便りを送る差出人の印刷されてあった封筒を使い切って
どうしようかな...と思いながら、
なにとはなしに 終わった展覧会のDMや古い雑誌やカタログで封筒を折って送っていました。

これも今月くらいまでかな...。
と思っていたところ
郵便物が届きました。

もう何年も 月便りを送らせてもらっている方からで
開封してみると
手作りの封筒でした。

おどろきました。
うわあ という言葉がむねの中で広がりました。
でも 声には出ませんでした。

子供が生まれたら 使わせてもらおうと思いました。

思いがけない贈り物を頂きました。
ありがとうございました。




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by yuju30 | 2015-07-01 15:08 | Comments(0)